Jazz & My Life
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Jey

Author:Jey
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トピックによりけりで日本語と英語で書いてます。音楽、旅、食べ物、政治や経済、ちょっと変わった視点で気になることなど選んで書きます。ジャズのピアノトリオで演奏していて活動中です。ジャズの話題、多いです。

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パットメセニー2016は5月に来日

まあ、今年もやってくるパットメセニー。
おそらく今ジャズミュージシャンでトップの人気アーチストだろうから、チケットも結構売れるんだろう。14000円という例によってアホみたいに高額なわけだけれど、これでも行く人が毎年いるんだからホントに人気あるってことだろう。

その昔、大昔、パットメセニーは昭和女子大の記念講堂で見たことがある。San Lorenzoのアルバムからもやったし、大好きなAre you going with me も演奏してくれた。でも、記憶では、チケットは4000円くらいだったと思う。なんで、1万円もはねあがってんだっての。

だけど、前も少し書いたけれど、ここまでパットメセニーが生き残って、それも大人気アーチストになるとは想像しなかった。本当に最初のころ(1980年代)は、明らかにリー・リトナーとかラリー・カールトンのほうが絶大な人気があったわけで。パットメセニーはむしろ隠れた存在だったわけだ。それがいつの間にか、完全にトップギタリストに躍り出て、いまや不動の人気を獲得したってことか。

そうだなあ・・・Still Life, Letter from Home, San Lorenzo, このあたりの作品を中心に演奏してくれそうならまたコンサート行ってもいいかな・・・確かに好きな曲はたくさんあるんだな、やっぱり。



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気の力

気力、つまり気が作り出す力って、やっぱり本当にあるんだろう。
バンドの仲間から「病は気から」といわれてその通りだと思ってしまった。気力がなくなったり、後ろ向きの気が続くとやはり体は強くなれない。気が張ってくると、体もはつらつしてくる。そんな当たり前に知っているつもりのことが、つい忘れてしまって、誰かに言われるまで思い出せないこともある。最近、疲れぎみだから余計身にしみた言葉だった。

気で思うことがあるけれど、ジャズの名作って「気」の力が凄い。ま、ジャズだけじゃないけれど。たいてい、名作は若きころのミュージシャンに作られてきた。心身とも充実して、前向きに挑戦する姿勢がみなぎっているときこそ、傑作は生まれるのだろう。その音楽のエネルギーはやはり老人が作り出すものとは確実に異なる。もちろん、老成した時期の作品にもすばらしいものがあるけれど、世界に衝撃を与える名作はほとんどが若さと気力と才能が融合したときに生まれている。

Kind Of Blue
Bitches Brew
In a Silent Way
Portrait in Jazz
Waltz For Debby
My Song
Art of Trio.......

衝撃的に好きな作品はほとんどエネルギー満載のミュージシャンが作ってきたんだなあって思う。気力、やっぱり馬鹿にできない。

大人のバンド活動

オヤジバンドっていうやつなんだろうけれど、自分が結構年とってまでバンドやってるとは思わなかった。学生のころは散々バンドやってたものの、あまり満足できることもなかったので、いずれバンドもやめてしまって終わっていくんだろうと思っていた。

でも、音楽ってのは(特にジャズは)その音楽の心を理解してから初めて楽器も上達するってことがよくわかったかな。いくらアタマでジャズをしってて理論的に演奏しても、なにか聞いてても演奏してもつまらない。でも、そんな面倒なことを忘れて、ジャズの心を追いかけるようになってからは、演奏が楽しいし自分でも演奏の幅が広がっていくのもわかる。

むしろ、年取ってからのほうがバンドが楽しくなってくるって現象がある。これは想定外だったかな。時々若い人と演奏すると、多くが弾きまくってガンガン演奏するけれど、見ていて「昔はああいう感じだったんだろうな、自分も」としみじみ思うことがある。

ジャズとワイン

昨日は、青山のワインバーでライブ演奏。
ちょっと感じたことだけれど、ワインとジャズって合うのかな・・・・って。ワインはやはりフランスとかのイメージなので、ジャズというとビールとかウイスキー、それもタバコが煙る店のほうが合うような気もする。ワインだとどこか少しお洒落すぎるかなって思う。

そういうこともあって、ワインバーで演奏するときは、結構気を使って雰囲気重視の曲になる。当然んだけれど、演奏も弾き放題ってことにはならなくて相当抑えた演奏になる。ワインを飲むカップルやセレブ達のBGMになりきるわけなのだ。だから、ライブ演奏といっても少しばかり終わったときに欲求不満になる。もっと派手に弾きたかったなあ・・・っていつも思う。

ジャズバーでの演奏のほうがその意味では自分らしく演奏はできるわけだ。でも、どちらもいいところもやはりあるかな。ワインバーにしても、演奏中、雰囲気を楽しんでるのはお客さんだけじゃなくて、自分も結構店の中でいい気分で演奏してたりする。

終わったときに「いい演奏でした、ありがとうございます」って声かけてくれる人もいるので嬉しくもなる。演奏中、みんなワインと会話で急がしててこっちのBGM演奏は聞いてないだろうって思うのだけれど、毎回そういうお声もいただくので聞いてる人も結構いるんだろう。ワインバーはライブの場所としてはなんとも不思議な感じだけれど、一声かけてもらっただけで次回もまたやる気になる。

ジャズとワインはやっぱり合うのかもしれないなあ・・・・

ドラッグとか覚醒剤とか・・・マイルスとかビルエバンスとか・・・

マイルス、ビルエバンス、その他多数(おそらく)のジャズミュージシャンが薬で身を滅ぼしてしまったのは知られた事実。ジャズに限らず、ビートルズだろうがピンクフロイドだろうがクラプトンだろうが、みんなヘロヘロになるほど薬に染まっていた。

音楽やるのにそこまで薬って必要なんだろうか。もちろん、自分では知らない世界なのでわかりようがない。ただ、薬やってなくても、名作は数多く作られているわけで、そう考えると薬は全く関係ないってことなんだろう。実際に、ビルエバンスもマイルスも名作は薬とは関係ないときのものだらけ。

子供のころ、ロックミュージシャンが薬でラリってるとか聞いても別にカッコいいとも思ったこともなかった。むしろ、なぜそういう明らかな廃人への道を選ぶんだろうと不思議だった。

学生のとき、初めてアメリカにいって無名のミュージシャンの野外コンサート行ったら周りの学生がタバコじゃなくてマリファナ(だろうと思う)をプカプカやって聞いてるのに初めて遭遇。で、彼らの顔をみて思った・・・「あれは人間の顔じゃない。知性や理性を取り去った廃人の顔だ」って。

それからかな、薬に染まったミュージシャンの作品に興味がなくなったのは。

ジャズコンサートはバカ高い

時々、ブルーノートだのコットンクラブだの、ジャズのライブに出かける。それにしても、どうしてこうもジャズが高額になったんだろう。一流のジャズバーに限らず、普通のジャズバーでもミュージックチャージとかいって、3千円くらい平気でとられる。3000円といったら、その昔は立派な有名ミュージシャンのコンサート料金だった。それもさほど昔のことでもない。

第一、本当にライブで聴きたいミュージシャンなんてほとんどいない。だから、それほどまで料金はらって出かける人たちはよほどジャズファンだったりするのだろう。

ジャズってもっと身近にあってもいい音楽だと思うのだけれど、どうも最近は遠くに感じる。

ところで、自分がライブのときはできるだけチャージはとらない。
あたりまえだな。有名でもなんでもないし、気軽に聞いてほしいってこと。

ライブは2回・・・練習ゼロ

2月ももうすぐ終わり。寒すぎる場所に住んでいるから、もう3月が待ち遠しい。2月はもう1回ライブがあって、それで終わり。3月は2回ライブを予定しているけれど・・・。

ライブも回数を重ねるとだんだん度胸がついてきて、ライブ自体が練習でもあったりするようになる。最初のときなんて、ドキドキしてて、そのライブを終わるのが精一杯だったけれど、なんとも少しは生意気になったもんだ。

それで、最近感じるのは、ライブ入れていると、どうもライブ中心になるので練習がいまひとつになるってこと。人前で演奏するのとスタジオで練習するのはかなり違う。スタジオだとどんどん好き勝手な演奏して新しいこともできるけれど、人前だと一応相手を考えて聞きやすいように演奏することはかなり多い。だから、純粋に自分の可能性を広げるなら練習は絶対に欠かせないことなんだろうと思う。

ライブがやりたいわけでもなく、なんとなくアクセントでライブをやってきたので、これは少し改めないと演奏者としてダメだなと思う。練習をしっかりやって、それでやっとライブも成功するのはあたりまえ。

ちょっと反省。

偉人の足跡、偉人の実像

ジョンレノンの髪の毛が400万円で落札されたという話。
買うほうも凄いけれど、保管しておいた理容師も凄い。
そしてやっぱりジョンレノンも凄い。

ジョンレノンほどメモラビリアが超高額で売れるアーチストもいないだろうけど、それだけ世界で今だに神様扱いされてるってことなんだろう。ビートルズに熱中してたころは、確かになにかしら手元にほしい気もしたし、もしジョンレノンの使ってためがねなんて手に入ったら狂気乱舞してたろうって。

今ほしいなあって思うものってなんだろうか。
キースジャレットのケルンコンサートでつかったピアノ、ビルエバンスがビレッジバンガードであの名盤を録音したとき弾いたピアノ。それくらいかな、もし本気でほしいと思うものは・・・。

もし、タイムワープできるなら、やはりビルエバンスのビレッジバンガードは立ち会ってみたいだろうし、キースのケルンもはずせない。ジョンとポールが出会った歴史的な瞬間も武道館でのコンサートもやはり目撃してみたい。

でも、やっぱりそこまでワープできるなら、モーツアルト、ベートーベン、バッハは会いたいだろうなあ。それに、神武天皇(本当にいたなら)、さるたひこ(ま、いたならね)、応神天皇、天武・持統天皇、藤原不比等、秦河勝、安倍清明・・・・歴史上の人物はこんなの書き出したら近代史まで延々と続くなあ・・・なんたって日本だけじゃないから。

本当に僕らの周りのことは、音楽だけじゃなくて、なんだろうと、いまだに過去からの話で成り立ってることがとんでもなく多い。真実なんぞは、誰もしらない。単に伝わってくる話だけを信じている。そして、歴史を彩った人物の残した記録があまりに偉大なものばかりだからこそ、伝わる話がどんどん神格化するってことなんだろう。だって、人物のキャラクターだの逸話が全部真実ってこともありえないわけで・・・

健康管理とジャズ スパイロジャイラの軽さがいいかな・・・

実はここ最近は健康状態がいいとはいえない。
よく考えるといろいろ原因はあるけれど、やっぱり気持ちが沈んでるときは健康は上に向くはずもない。本当に、心ってのは体を支配するくらいに陰に隠れて健康そのものを左右する最大要因だってのがわかる。

ジャズを聴いてるとリラックスするときもあるけれど、あまりにブルージーで心がブルーになる曲もある。だから、ジャズってのも時にはしっかり選ばないとダメ。80年代のフュージョンなんてもう言い出したらバカにされそうなくらい誰も聞いてないけれど、あのころのバブルのノリの明るさは沈んだ気持ちを転換させるには結構使える。

今じゃあの雰囲気のジャズは確かにアホっぽい。でも、ペラペラした軽さのフュージョンジャズも使いようはあるので馬鹿にできないって・・・・そういう感じになる今日この頃。

ためしにスパイロジャイラなんてどうかな・・・

パットメセニーとジャックディジョネット

ジャック・ディジョネットはキースジャレットとのトリオのほうがはるかに好きだけれど、パットメセニーともかなり相性はいい。お互いに相当感性主義というか、理論を排除して演奏するときは、凄い演奏になる。ふたりともガチガチの理論もあるミュージシャンだけれど、それがいい形でなくなるとこうもカッコいいのかってくらいクール。

オーネットコールマンとの演奏なので、主役はコールマンとメセニーなのだけれど、ジャックディジョネットとチャーリーヘイデンもやっぱり目立つ。やたら凄いリズム。パットメセニーのギターが冗談じゃないくらいカッコよく引き立つ。

さすが!


雪景色も終わり・・・かな。ペンタングルの思い出

那須の山奥にはまだまだ雪が残っている。
しかし、家の前の道あたりは週末の暖かさで全部とけ去った。
これで雪景色も終わりかな・・・と思うと、まだ未練がある。

雪国育ちなので、どうしても雪は嫌いになれない。どっちかというと、好きだ。たしかに、雪かきなんてやるともう体中ガタガタになって、あの苦労はゴメンだと思う。そう思っても、白いきれいな雪が舞い降りてくると、なぜか心が躍る。

スキーが大好きだったガキのころ、雪がどれほど待ち遠しかったことか。
今はスキーはもうやらないけれど、本当に三つ子の魂百までって感じだな。
雪が降るとスキーがやりたくてしかたなくなる。もうやってないんだけど。

全く関係ないけど、昔、イギリスにペンタングルっていうものすごい渋いフォークグループがいた。ジョンレンボーンやバート・ヤンシュなんてギターの名手もいた名グループだったけど、このグループのSnowって曲がかっこよくてよく聞いたなあ・・・




Cry me a river の名バージョンをふたつ

大好きな曲なので、いろいろ聞いたけれど、ダイアナクラールとダイアンシュアーのバージョンが好きだった。クライ・ミー・ア・リバーはなんたって、ジュリーロンドンが一番なんだろうけれど、僕にとっては、この二人のバージョンも捨てがたい。

バンドでしばしば演奏するバラードなので、聞いててとても勉強になる。



ビリージョエルのニューヨーク・ステート・オブ・マインド、ダイアン・シュアーの名盤

GRPレーベルで大好きだったのがダイアン・シュアー。
盲目でありながら、ピアノは弾くし、歌うと圧倒的な声量と美しい声。その昔、GRPオールスターズで来日したとき、コンサートを見て感動した。チックコリアもいたし、リトナーも来ていたけれど、ダイアン・シュアーが一番聞きたかった。

このNew York State of Mind はビリージョエルの名曲だけれど、このバージョンが一番好きかな。まだデジタル録音が始まったばかりのころで、この録音の美しさにオーディオファンとしても大感激した記憶がある。いまだと、このくらいは当然なんだろうけどね。

メリー・ホプキンの声



メリー・ホプキンの声が好きだった。
ポールマッカートニーがプロデュースした女性ボーカルで、アップルレーベルで爆発的に売れた。とはいえ、1969年の話だ。なんたる昔ばなし。

だけど、今聞いてもこの声にはとろけるし、結構美人だったなあって思う。



ポールマッカートニーが作曲して、彼女に歌わせた曲でグッバイって曲があったけれど、本当にいい曲だった。でも、そんな名曲も気軽に他人に上げてしまうってのがポールの凄いところだったんだけどね。

クラシックピアノとジャズピアノ

ジャズでピアノは弾いてるけれど、クラシックは全く相性が悪い。
決められた旋律を追うように弾くという作業がダメなので、いくら奏者によって個性が違う演奏があるとはいえ、クラシックは最初からトライしてこなかった。おそらくこれからも、無理だろう。

でも、それでいいんだと思う。
確かに、ビルエバンス、ブラッドメルドー、キースジャレットなどみんなクラシック上がりでものすごいクラシックもうまいけれど、しょせんあそこまでの演奏は最初から不可能。ならば、自分のすきな方向にだけ進めばいいかな・・・とも思う。

クラシックのピアノ奏者でグルダという、モーツアルト弾かせたら最高に独創的で圧倒的な演奏をするピアニストがいた。彼が一度ジャズに走ったことがあったけれど、ジャズでは評価は分かれていた。やっぱり畑の違いなんだろうか。今までクラシックとジャズで両方で巨匠となった人はゼロ。キースやチックコリアもクラシックは弾くけれど、そちらの畑で巨匠ではない。

あこがれはあるけどね・・・クラシックの世界にも。

ゲイリー・ピーコックの奥深さ

今はキースジャレットトリオのベースとして有名なゲイリーピーコック。しかし、もともとこの人は前衛的な演奏がやたら多かった時期がある。ECMアーチストはほぼそうなんだけれど。

ビルエバンスと演奏した数少ないベースでもあって、その幅広さには驚く。どんなスタイルもほぼ完全に演奏してしまう。現代のベースでは本当に好きなベース奏者。

マリリン・クリスペルというヨーロッパのピアニストと演奏している録音があるけれど、ベースとピアノが完全な融合を見せる。この演奏は本当に秀逸だった。

なんとも、奥深い音楽性。現代ベースプレーヤーの象徴かな。

ビートルズが教えてくれた

どうして音楽が好きになったかというと、スタートはビートルズだったんだろう。思い出せば、あれほど狂ったように聞きまくったバンドなんてほかにない。今はもう聞くこともほとんどなくなって、時々心の中で鳴り響く名曲にしみじみすることはあるくらいだけれど。

ジャズでもビートルズの曲は限りなく使われてる。当たり前だ。あまりに名曲でメロディーもすばらしいので、ジャズだろうとクラシックだろうとアレンジしても質が落ちない。

4人とも凄いテクニシャンでもなかったし、曲つくりといっても音楽大学で学んだわけでもない。全員、譜面も読めない。

自称プロとかって、音楽学校出て、日々苦労して生きてるミュージシャンとは、根本から違う。何が違うって、要するに才能なわけだ。言葉で凄いこといって、プロだとか威張ったり、経歴ひけらかしても、結局は才能が人を感動させるかどうかだけの問題。だから、僕は自称プロっていう人は全く興味がない。そんなのどうでもいい。いい音楽を演奏できて、才能があればそれでこっちは感動するから。ジャズやってると、そういう自称プロが次々に現れる。でも、感動させてもらった自称プロはゼロ。本当に、一人もいない。ま、凄い人なら自称プロなんていって、のこのこ出てこないだろうし、とっくに有名になってるだろうって。

で、なにがいいたかというと、僕はビートルズで音楽に感動することを知ったわけで、才能の凄さもそこで思い知った。だから、いつかそんな才能の世界にまためぐり合ってみたい気がする。ジャズやってて思うのは、偉大な才能でなくていいから、少しだけでも才能のふれあいのような感動をシェアできる瞬間を味わいたいってことかな。

ところで、年老いた吉田拓郎が先日報道ステーションにでてたけど、彼は昔、「ビートルズが教えてくれた」っていう歌を作ってたな。曲はどうあれ、詩はなかなか納得して聞いた思い出がある。

バンドを続ける気力、体力・・・

キースジャレットのスタンダードトリオが30年以上続いた。それは奇跡的なことだ。ジャズではとくに凄い。そこまでメンバー変えずに続けるトリオって他にはない。

自分でもバンドをやっているけれど、バンドを継続するのは本当に疲れる。心身とも疲弊して、時々もうやめようかとも思う。わずかな人数でもいろいろ面倒は起きる。正直なところ、やればやるほど疲れる。

でも、結局やめないでいるのは、音楽やってるときが幸せだからってことだけだろう。音楽さえできれば、それで幸せになれるわけだ。あまりバンドという形に固執しても疲れるだけなら、どんな形であれ時々音楽を演奏できるだけでいいってことで考えればいいんだろうな。

バンドだからライブやらなければならないとか、いちいち考えるのももうやめたほうがいいかな・・・。音楽、ジャズさえ演奏できるなら、別にライブじゃなくてスタジオの練習や遊びでもとにかく楽しいわけだ。なら、重荷を背負う必要もないかもしれない。

明日、青山でライブなんだけれど、どうも最近ライブになると気が重い。純粋に音楽を楽しむ環境を持つことが一番いいんだろうな。

愛犬との一日

犬を2頭飼っている。
今日は、近くの公園に散歩に連れて行った。

12歳と9歳だから、特に12歳のほうは犬にしてみたらもうおじいさんなのだろう。子犬のときに飼い始めて、元気一杯でいつもやんちゃだったのが、もう12歳。体力も衰え始めているのは目に見えてきた。人間は80歳くらい平均で生きるけれど、犬は15歳でまあ生きたほうになるんだろう。それは宿命だとしても、とても可愛そうになってしまう。愛犬だから余計にそうなる。元気だった時間が輝いて思い出されるし、その時間が人間にくらべてあまりに短いことが、本当に可愛そうでせつない。でも、もって生まれた運命には逆らえない。時間の差はあれど、それは僕らも同じことだ。

失うことが多くなった年代なんだろう。子供のころは知り合いが他界することもなく、この世を永遠に続くような気持ちで生きていた。でも、今は、次々に後を追うようにして消え去る。

愛犬と出会えたことはやはり幸せなことであった。それは同じ時代に生きた人たちに感謝することとなんら変わりはない。愛犬との時間は心がいつも安らかだった。この時間がある限り、大切に愛犬との出会いに感謝していようとおもった。大げさかもしれないけれど、なぜか本当にそう感じる公園での散歩だった。

Roberto Olzer trio - FF Fast Forward

ロバート・オルザーというピアニストに最近注目している。
ヨーロッパジャズなので、こういう流れるような美しい旋律のピアノは期待通り。少しばかりビルエバンスの香りが漂うところもあったりで、自分としては好みかな。

明らかにクラシックの畑から出てきてる人だろうから、一つ一つの音がきれいに演奏されているのがわかる。濁ってないのだ。ノルウェーのピアニストでヘルゲ・リエンという人がいるけれど、とても近い似たような音の響き方を感じる。

心地よく聞けて、演奏のテイストも決して浅くない。長く聞けてしまういいピアニストだと思う。

気が弱いっていうこと

清原が薬物に染まったのは、誰がどう見ても気が弱かったってことなんだろう。清原にはいつも背伸びしたような威勢を張った姿がつきまとっていた。あれだけ他人を威嚇してたら逆につかれるだろうなあ・・って、よく思った。

良く考えることだけれど、本当に気が強くて何も動じない人って本当に少ない。誰だって、なにかしら不安があって、なにかしら悩んで、時に誰にも話すことなく気を病んだりする。明るくもなれば、暗くもなる。それが人間なんだろう。

年齢に関係なく、誰もが明暗をもつし、まして、若いころはなんとか気力と体力で乗り切れても、年齢があがるとだんだん衰えは隠せなくなる。そんなときに、弱気になるのは誰しも通る道ってことだろう。

清原のニュースをみていて、本当に自分と付き合うのは大変だなあって、つくづく思った。あれだけ満たされた人生に見えても、なにかしら弱さに負けてしまう。だれでもが弱さを持つ。だからこそ、そんな自分と最後まで付き合っていくのは、本当に強くなっていかないとできないことなんだろう。

本当に生きてくってことは、山あり谷あり。
それだけら楽しいってこともあるし、それだから苦しいってこともある。
一生答えなんて出ないってことかな・・・きっと。

Tord Gustavsen - Where Breathing Starts

Tord Gustavsen - トルド・グスタフセンと発音するのだろうか。それすらわかってない。けれど、このノルウェーのピアニストは確かに心に染み入る美しいピアノを弾く。時に暗すぎるくらいだけれど、静かなジャズを好きなら間違いなくハマル。

ヨーロッパなので、アメリカ的なブルージーな演奏ではない。ECMレーベルで録音も質が高い。よかったら、少し聞いてみてほしいピアニストですね。

EST- Esbjörn Svensson Trio - Serenade For The Renegade



Esbjörn Svensson Trio はもう活動していない。なぜなら、ピアノでリーダーのEsbjörn Svenssonがすでに44歳で他界しているから。
このグループはジャズというカテゴリーではありえなかった。クラシック風かと思えば激しいロックも出てきたり、よほど聴くほうが幅広くOKじゃないとついていけないくらいだった。だけど、それが個性であって、ずいぶん世界にファンもいたようだ。もちろん、日本ではほとんど無名だったけれど。

今聞いても、その不思議なサウンドが魅力だったりする。もっと演奏を聴いてみたかったピアノトリオ。

Alessandro Galati Trio

Alessandro Galati Trio はあまり有名なピアノトリオではないけれど、耽美的で疲れたときなどはとてもいい。録音バランスもいいので、心地よく静かに流れていく時間がほしいときに最適だ。

ジャズってのはアメリカのブルージーな演奏だけじゃなくて、いまやヨーロピアンジャズもしっかりジャズの中に生存件をもってしまった。どちらもそれぞれにいいけれど、魂でアメリカ、理性でヨーロッパって感じかな。その両方あるのがビルエバンスであったりキースジャレットだったりするわけだけど。



トリオをやめたキースジャレット

キースジャレットはもうトリオではステージで演奏しないのだろうか。そんな噂もきいたことがあるので、スタンダードトリオのファンである身からすると、残念きわまりない。ピアノトリオで現代で生で聞きたいと思うのは、キースとブラッドメルドーのトリオだけ。あとはレコードでもいい。

キースの演奏はソロもトリオもすばらしい。だから、贅沢はいわないけれど、あれだけ続いたトリオは他にない。せっかくここまできたんだから、死ぬまでやってほしい。

チャーリーへイデンとふたりでやった演奏もよかったけれど、チャーリーが死んでしまったので、もうそれも聞けない。やっぱり、命アル限り続けてほしいなあ。

Autumn Leaves 枯葉の不思議

枯葉ってのは本当にジャズで散々取り上げられてきた。でも、もともとジャズの曲でもなんでもない。フランスじゃシャンソンだし、作曲家もハンガリー人だったり。それがアメリカにいくとジャズにちょうどいい曲になってしまう。

ジャズのスタンダードのほとんどは、単なる歌。日本で言えば歌謡曲みたいなもので、誰でも知ってる曲をジャズのミュージシャンが勝ってに持ち出してアドリブやって、それがなぜかジャズの定型になってきて、いつのまにやらジャズのスタンダードっていうジャズの曲になってしまっただけの話。

そう考えるとジャズってなんとも不思議な音楽。曲が主役じゃなくて、演奏するほうがどれだけ勝手に自己主張するかってことのほうが主役になるわけだ。クラシックでもロックでも、なんたって作曲家が大切であって、どれだけ名曲を作るかってことが音楽家として大事なことになる。モーツアルトもビートルズも、あれだけ偉大なのは名曲をガンガン作りまくってしまったからだろう。でも、ジャズは作曲できなくても、演奏が際立ってれば凄いミュージシャンになることができる。

クラシックやロックにはアドリブの自由度はジャズほどはない。そういうことは、つまり、ジャズの場合は、原曲はあくまで素材であって、自分のアドリブ演奏がそのまま作曲という作業になるのだろう。瞬時で作曲しているのが、ジャズってことなんだろうね。

ハワイへ行こうか・・・

寒いと余計に暖かいところが恋しくなる。

その昔、ハワイはかなりの回数行った。数十回くらいかな。とにかくお金ができるとハワイに出かけていたような熱狂時代があった。今は、海外に出ることすらまれだから本当に変わったものだとおもう。

今年の春はハワイにいってみよかと思っていろいろ検索しているけれど、今はいろいろ変わってしまったのだろうから、よくわからないことだらけ。第一、ホテルがまったく違っている。名前も雰囲気も昔のハワイの知っているホテルはないって・・・困ったもんだ。

ハワイにいって、カラパナでも聴いて、ちょっと心身休めたいな・・・と思っている。

真夜中の清原和博逮捕ニュース

ま、うすうす疑ってはいたけれど、逮捕って凄いことになってしまった。あれだけのスターだった清原氏が結局は覚せい剤やってたってのは、なんとも気分は悪い。

ただ、二つばかりいいたい。

清原氏は野球ではもって生まれた才能で一流であったのは事実だけれど、引退後の言動は一流の社会人とは言いにくい雰囲気がいつもあった。威張ったり威嚇したりして恐れられていたのだろう。番長なんだから。でも、あれだけ一流だったのだから、誰しも威嚇されなくてもいつも敬意はもっていたろうに。なぜ、そこまで威勢を張る必要があったのか。まったくわからないし、もしかしたら本当に気が弱かったのだろうかと思ってしまう。残念。

それと、テレビに出ている芸能人やら有名人が本当にしばしば覚醒財などで逮捕される。テレビってなぜそこまで社会の危険な雰囲気をもってしまったのだろう。紳士的なタレントでは面白くないんだろうけれど、普通に安心してみていられる登場人物が本当にすくなくなった。

柴田が賭博で捕まって、江夏が覚醒剤で捕まって、ついに清原か。王、長嶋、松井、江川、堀内・・・一流だった巨人のスター選手は落胆してるだろうなあ。

更生して再起するだろうか、清原は・・・。

小保方さんが手記を出版したけれど・・

小保方さん、理研で大変な目にあったんだろう。いろいろ意見はあるだろうけれど、僕はそう思っている。おかしいことが多すぎる。第一、小保方さんは、理研ではいわゆる正社員ではなかったようで、たんに研究スタッフのような人。それでいて、責任だけは全部小保方さんで理研はだれも責任なし。それと同時に、発表まで理研の幹部は誰も何もしらなかったってことになってるけど、ありえない。単なる研究員に全部まかせて論文発表させて、大ニュースになって、それまで誰も知らないで進んでたって、常識ではありえない。

このドタバタは、明らかにおかしいことだらけ。小保方さんだけが埃をかぶって、他には誰も悪人がいないって、組織としてありえない。

それと単なる感想だけれど、小保方さんは悪人に見えない。素直で前向きな女性にしか見えない。しかし、理研でテレビに映った面々にはなにか語らない影を感じることが多かった。

やはり僕は疑ってしまうのは、理研のほうなのだ。

ニューヨークから友達来日

4月にNYにいる知り合いが日本にくるらしい。
居酒屋に行きたいって言っているから、焼き鳥とビールにでも連れて行こうと思う。

アメリカ人でも、もう今は普通に居酒屋で楽しんだり寿司を知ったかぶりで食べたりする。ラーメン屋も今は外人だらけの店も多い。日本の味も本当にインターナショナルになったって実感する今日この頃。

アメリカ人が演歌とかJPOPとかマジで好きだったりすると、なんか「変な外人」ってことになるんだろう。でも、アメリカ人にしてみれば、僕ら日本人がジャズが大好きだって言っても、別に変な外国人にはならないだろう。ジャズやアメリカの文化っていうのは、現代文化の中ではすでに完全に国際化してるから、いまさら誰がすきだって言ったところで、アメリカ人は驚きもしないんだろう。その意味では、日本の料理や文化が外国人に喜ばれてるって知って喜んでる僕ら日本人ってのは、まだまだ国際化してないし、もちろん日本の文化そのものもまだまだ国際化して成熟してるってことにはならないんだろう。

NYから友達がきたら、ジャズでもピアノで弾いて聞かせてやろうと思う・・・・マジで。
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