Jazz & My Life
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Jey

Author:Jey
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トピックによりけりで日本語と英語で書いてます。音楽、旅、食べ物、政治や経済、ちょっと変わった視点で気になることなど選んで書きます。ジャズのピアノトリオで演奏していて活動中です。ジャズの話題、多いです。

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2015年も終わりだね。My Foolish Heart

今日で、2015年も終わり。
なんか、思い出すといいこともあったけれど、つらいことも結構多かった。それも本当にいいこともあったけれど、本当につらいことも多かった。そんな両極端な1年だった。

でも、今年を思い出したとき、すべては自分のささいな迷い心から迷走してしまったということになるんだろう。いや、今年に限らず、いつもそれが僕の弱点なんだけれど、迷いすぎたり悩みすぎたり考えすぎたり、そんな心の迷走でいつも自分を追い込んでしまう。よいときはそういう余計なことはしないで、しっかり前向きに行動できてるってこと。

そんな単純なことなのに、わかっているのに、いつも自分から何かを混乱させてしまう。そんな稚拙な自分と付き合ってないとならないわけだから、毎年大変何だなって思う。

最後にビルエバンスのマイフーリッシュハートを聞いて今年は終わります。

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日韓合意ってありえるのか?

平和的に合意するならどんなことでも歓迎するけれど、韓国と合意したって聞いてもあまり喜ばしくもないかな。

例のいわゆる従軍慰安婦のことだけれど、これ自体、史実として残っている証拠を見るかぎり、本当に国や軍が関与したのかどうか確実な証拠はないらしい。それに、当時は韓国は日本だった。日本領じゃなくて、日本になっていたってこと。それも、韓国自身が併合を希望して、韓国の国会でそれを決めたこと。戦争が終わって日本が負けることになると、一気に姿勢を変えて、戦勝国だと言い出すあまりに不可思議な国。なんでもかんでも、文句だらけで訴訟の国。そんな情報が流れてくる国に対して合意って、あるんだろうか。第一、戦後の日韓基本条約で「すべては最終的にすべてが解決した」となっているのに、なぜこういう問題ばかり起きるのか。終わったって合意したのに、何度問題を蒸し返してきたのか・・・。

韓国のことは正直なところ全く興味がない。だから詳しく話せる資格はない。ただ、この戦後の問題は韓国と日本だけの問題じゃないのは事実で、むしろ、アメリカやロシア、中国などすべての国にとって、日本を黙らせて押さえ込むときに戦後の問題を終わらせないことは国策として共通している。だから終わらない。韓国はそれをしっているし、むしろ、後押ししてくれる中国やアメリカがあるかぎりやめることもないだろう。アメリカが日本と本当に仲がいい同盟国だと思ってる人は本当の平和ボケだ。

激情する国民性、泣き叫び失神する火病の人たち、日本人の国民性とは明らかに違う。泣く子はお菓子をたくさんもらえる、と考える韓国との合意ってありえるのだろか。


もうすぐ1年終わり・・・What a wonderful world !

もうすぐ今年も終わる。そんな年の瀬になってしまった今日、親族の葬儀があった。

いずれ僕も永眠する。そんなことを考えてもおかしくない年齢になってきた。今日思ったけれど、人生ってやっぱりどれだけ本人が満足できたかどうかが一番大切なことなんだろう。どれだけ幸せな時間だったか。そして後悔を残さず終われる人生こそ、お金や地位や人気よりもよほど大切なことなんだろうと思う。

つらいことも多い。いやになることもある。でも生まれてきたことそのものが奇跡。命をもらえたことだけでも感謝。少しだけでも、自分の足跡を残せたことに喜びを感じる。だから、大変な人生も少しがんばってみて、少し心を開いて考えると、「なんてすばらしい人生!」って思えてくるかもしれない。そうなれるように来年はまた努力しようと思った。

round midnight セロニアスモンクの名曲

ラウンド・ミッドナイトってマイルスが名作アルバム出しているせいか、時々マイルスの曲って思っている人がいる。でも、これはセロニアス・モンクの作曲。ま、そんなのはどっちでもたいしたことじゃない。大事なのはこれは大傑作ってことかな。

これほどジャズのフィーリングを感じる曲ってたくさん他にあるわけじゃない。でも、モンクは本当に名曲をたくさん作ってるから、彼はピアニストというレベルじゃなくて作曲家でありピアニストであり総合的なミュージシャンだったってことなんだろう。マイルスデイビスとモンクくらいかな、そんな風にジャズの世界観をオリジナルに作り上げてしまったってのは。

今日は、この曲で寝ます。

クリスマスにハービーマンのフルート

クリスマスだから特に聞きたい曲があるわけでもない。あえて選ぶなら、ジョンレノンのHappy Xmas-War is over が毎年聞きたくなるけれど、不思議にジャズではこれってクリスマスの定番はもってない。

だからなんの理由もなく、今日はただ、フルートの雰囲気もいいのでハービー・マン。軽快なフルートで気持ちが楽になるので、時々楽しく聞いてる。なんとなく、口笛のようで粋で明るい・・・そんなフルートがハービー・マンかな。

今年はクリスマスから年末年始は喪中なので、さわいだり盛り上がったりはなし。しんみり、そしてしみじみ今年を思い出して、来年をひそかに期待したい。

だんだん、年もとってきて人生の残り時間もカウントダウン気味になってきたけれど、やっぱり最後まで完全燃焼する人生は美しい。どれだけ世間で評価されるとかされないとか、関係なく、与えられた自分の可能性を出し切って天命にしたがって生きていきたい。そんなことを思いながら、過ぎてゆくホリデーシーズン。

時間って不思議なものだって思うし、その不思議なものに逆らえない摂理はもっと不思議だって感じる。僕たちの時代が終わり、僕たちの生命が終わった後、過ぎ行く永久の時間はどう移り変わっていくのだろう。宇宙の中の小さな塵のような僕の今の時間だけれど、永久の流れの中に存在できた喜びを感じながら今年の残りを過ごしていこうと思う。

合掌の日

今日未明、とても身近な存在の人がなくなった。
突然のことだったので、言いたいこと、感謝したいこと、謝りたいこと、なにもかもできないまま終わってしまった。悲しみはない。人はいずれそうなるから。でも、できなかったことへの悔いはある。生前、もっとやさしさや人としての心得をもっていれば・・・そう思うとやりきれない。

人が持っている時間は短い。若いころ、人生は長いからいくらでもやり直しもきくし修正もできる、といわれた。それも正しい。でも、終わるきになると、人生はやはり短い。短いからこそ、全力で生きなければ後悔してしまうし、できる限り人間らしく生きなければ空しくなってしまう。

どうもありがとうございました。とてもいい勉強をさせていただき、そしてとてもやさしくしていただいたことを一生忘れません。そういって、合掌した。

偶然にも天皇誕生日だったけれど、この日はこれからずっと僕には祈りの日になるのだろう。

ダイアナ・クラール・・・売れるのか?チケットぴあの昨今

◆DIANA KRALL
公演日:2016年2月27日(土)
会場:東京芸術劇場 コンサートホール (東京都)

このチケット、15000円。B席でも14000円。
結構好きなジャズミュージシャンだけれど、いい加減、高すぎるだろうって。こういうコンサートって、最近多すぎる。なんでもかんでも、高額になって、これじゃよほど好きなミュージシャンじゃないとみんな見に行かなくなるだろう。

今日、チケットぴあからメールで、第二次抽選開始ってことだけど、第一次おわってもまだ相当チケット残ってそうな気配。まあ、完売になるかどうか、かなり危ないと思う。

それと、チケットぴあも先行抽選とか先行発売とかいってあおるけど、早く行動してもろくな席あたったためしがない。あきらかにインサイダー販売は行われてると(勝手に)思うし、チケット販売代理店がこれだけあおってあおって商売するってのも、困ったことだと思う。かつては、チケットはプレイガイドなどに出向いて、本当に好きなアーチストを買いにいったものだけど、今は、「どうだどうだ、もっとチケット買え、買え!」っていう感じでどんどん情報流してきては、あおる。そのくせ、席は悪いし、値段は高い。
チケットぴあは正直、印象よくない。

さて、ダイアナ・クラールだけど、そうだなあ・・・・今回は・・・行かない。高すぎる。


若きころのジョン・コルトレーン・・・美しい

ジョンコルトレーンについては多くは書けない。サックスをあまり聞いてる方じゃないし、多くをしってるわけでもない。だけれども、コルトレーンのサックスはやはり好きなんだな。なぜか、穏やかになりたいときはバラードを聴くし、人生を考えるときは至上の愛を聞いたりする。でも、コルトレーンの中で本当にしばしば聞きたくなるのは、こういうスタンダードをさりげなくかっこよく演奏しちゃってるやつかな。

Time After Time のコルトレーンが凄い好きなんだけれど、このアルバム、スターダストとか名演が詰まっててなかなかいい。

マイルス・デイビスってビルエバンスと相性よかったんだろうけど・・・

カインド・オブ・ブルーで、ビルエバンスはマイルスのコンボに参加したけれど、それを最後にマイルスとは確かもう2度と演奏してない。でも、勝手に感想を言えば、マイルスコンボのピアノでビルエバンスを超えたマイルスのパートナーなんていない・・・と、個人的に思う。マイルスの才能は、あの研ぎ澄まされた知性から生まれてくる部分もあったと思うけれど、そのシャープな知性的な感性を最も受け止めて、そしてまた与えていたのはビルエバンスだったと・・・思う。

マイルスはその後、チックコリアやキースジャレット、ハービーハンコックなどを見出して世に送り出す。そべて驚異的なピアノプレーヤーだけれど、ことマイルスとの相性ってことでいうと、聞いてる限りはビルエバンスを超えてるピアノはいない。チックもキースもマイルスの前では小僧のようにしか聞こえなかったけれど、ビルエバンスはマイルスと対等の位置で演奏していたようにすら聞こえてしまう。

えこひいきもあるかもしれないけど、ビルエバンスに関してはどうも最敬礼してしまうので。だけど、あのブルーイングリーンを聞いたら、もうマイルスとあれだけピアノで感性を競えたのはビルエバンス以外にいなかったって、確信。あれだけクールなマイルスに、完全にクールに張り合ってる。当時のピアノじゃ誰もこれはできなかったし、どれだけテクニックがキースやチックがすごくてもこの知性美は出てこない。そのうえ、ジョンコルトレーンがアドリブ超クールに演奏してるわけで、もうこうなると、この天才の中で埋没しないで輝けたのはビルエバンスだけだったって・・・再確認。

ライブで聞きたかった・・・・・


Brad Mehldau - August Ending

ブラッドメルドーはほぼ毎日なにかしら聞いてるジャズピアニスト。とにかく刺激があって、アイディアにあふれているので、演奏に困ったときなどはとても助かることが多い。ブラッドメルドーの作品はたいてい好きだけれど、最近よく聞いてるのがHouse on Hillというあまりファンの間でも一般的にも知られてないアルバム。

なぜか、この作品は飽きない。破天荒に弾きまくっている印象で、あまりメロディー主体の曲も多くないからだから一般には人気にはならないのかもしれないけれど、ピアノ弾きにしてみるとこの中には尽きない魅力がある、

一人で弾いてる(当たり前だけど)ピアノであって、ここまで複雑な音を構成してしまう脅威。アメリカ人なのだけれど、ヨーロッパ人のクラシック上がりの人のように感じてしまう。ブルース色は少ない、けれど、音の強さと迫力は本当に驚く。

ヨーロッパ解体になるのか?日本のメディアじゃどうしようもないけど・・・

どうも最近のニュースはひどい。何がひどいって、あまりに表面的なことだけ、それも偏った方向からしか報道しない。明らかに、真実を見つめるのを意図的にゆがめているか、怖がって腰が引けて言葉に出せない。田原総一朗とか、岸井(TBS)とか、安藤優子とか、辛抱とかいうお方もそうだけれど、テレビで電波芸者と言われてるような人は、凄いカッコいい話し方をして、いかにも自分は真実をいって、いかにも命がけで仕事をしているような語り方だけど、明らかに話をしてない(できない)のはもう最近はバレバレで、視聴者もいやになってしまっている。もっというと、デーブスペクターとか他にもたくさん、あまりに見え透いた存在もいるけれど・・・どうしようもない。

とにかく、真実は見えないのがニュース。日本の報道。
ヨーロッパや中東の報道なんて、もうあんな報道じゃ誰が聞いてても真実なんてわからないし、政治も経済も理解できなくて当然。それを見てわかった気になってるテレビの前の大人も大問題だけど。

ヨーロッパに移民が流入してテロが起きて、イスラム系は危険だって・・。じゃあ、そのイスラムに勝手に入りこんで、勝手に国境線ひいて、勝手に空爆やって、勝手に戦争しかけて、勝手に大量に人殺しして・・・そういう歴史の現実を無視して、自分たちが攻撃されるとテロだって。それで正義のために戦うって・・・・バカバカしくなる。

テレビでも新聞でも、少しは公平にニュースを語ってくれ。

歯医者での出来事 ポールモーリアの流れ者のテーマ

歯医者にいって今日は歯を抜いた。
だんだん歯ももろくなってきてるような感じで、また次も抜かないとならない歯がありそうな気配。どうも、病衣通いから抜け出せない寂しさがあるけれど、身体もだんだん故障してくる年だからやむを得ない。

歯医者の診察台にのって、麻酔をかけられて「しばらくこのまま待ってください」ってことだったけど、そしたら不覚にも眠ってしまった。それで起こされるような感じで、口を開けたら抜歯。一気に抜き取られて終わり。今は麻酔の瞬間だけ我慢すれば、本当に痛みは少ないんだなあと感じた。子供のころの歯医者は地獄だった。痛みに耐えるための罰ゲームみたいなもので、子供にあの痛みを我慢させて「泣くな」ってのも、凄い時代だったと思う。

ところで、5分くらい寝てる間に頭の中で音楽がなってた。凄い昔の曲で、ポールモーリアの流れ者のテーマ。なんか、懐かしかった。一人で微笑んでたかもね。

夜中の青山、表参道から赤坂、半蔵門までの風景

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先日、終電がなくなって、表参道から半蔵門まで、赤坂経由で歩いて帰った。普通は電車かタクシーで帰るけれど、その日は運動不不足で食べたものが消化してないような感じだったから、張り切って歩いた。

夜中の東京はそれでも安全だなって感じだ。さすがに海外だとこれは無理。それに驚いたのだけれど、もう1時過ぎだってのに、犬を連れて夜中の散歩をしてる人が数人いた。きっと、昼間は忙しくて散歩もさせてあげられないからってことなのか、都会の真ん中に住んでるから夜中のほうが犬の散歩は都合がいいのか・・・。どっちにしても、犬のほうにしても、真夜中には寝るほうがいいのだろうけれど。でも、一日中、散歩もしないでじっとしてたら犬だってかわいそうだから、それでも飼い主としては最善を尽くしてるんだろう。

僕も犬をかってるから、このあたりの苦労はよくわかる。長年、一緒に生活してきた犬たちは家族同然だから、できるだけのことはしてあげたい。それもそうなんだ。

だから、夜中の赤坂や半蔵門で犬を連れて歩く人たちの姿に、少し過酷な生活をしいてはいても、彼らの犬に対する愛情が見えて、とても心が和んだ。

酒を飲んで歩いてかえる途中、冷え切った風景の都会の中に人間の優しさが見えて嬉しくなった。


上原ひろみ @ブルーノート東京

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昨夜、上原ひろみのライブにいったのでレポート。
さすがに、このピアノトリオの完成度は高いなあって感心した。新曲だらけのライブだったけれど、ほとんど演奏のズレなどがなく、すでにきれいにまとまってるし、とにかく変拍子やソロの入り方や出方などでちゃんとリハーサルやっておかないと普通は乱れてもおかしくないハイレベルの細かい部分まできれいに演奏できてしまうあたり、さすがに長い間呼吸のあったトリオって感じだった。

テクニックに関しては、うまいのは当たり前なので書くつもりもない。感性という才能の部分がないと、テクニックというのは単なる機械的な作業に過ぎなくなるので、聞いててつまらないだけだから。

テクニックを忘れるほど、いい音楽を演奏していたと思うし、なにより観衆の熱気・熱狂度がライブの楽しさを物語っていたと思う。驚いたけど、半分くらいは女性の聴衆だったってことかな。一応、ジャズであれだけ奔放に難解な演奏をするので、男のファンのほうが多いかと思ったけれど、見た目だけだと、女性のほうがわずかに多いくらいにも感じた。

終わってからワインを飲んで夜は終わった。いいライブの夜だった。


セロニアスモンクって、奇人であり天才だったんだろうね

今日はセロニアスモンクのピアノを少し聞いてた。
それにしても、この不思議で強烈な個性はどうあがいてもコピーもできないし誰かこんな人が将来生まれてくるとも思えない。本当に先人たちの力には恐れ入る。ジャズの巨人たちはもうほとんどが死んでしまっているけれど、彼らの音をしぼぐほどのミュージシャンは出てきてない。

ロックなどはどんどん新しいミュージシャンが出てきて、昔のロックは懐メロになったり、だんだん生命力を失って消えていくけれど、ジャズの巨人たちはまったく消えない。昔、勢力を誇った人たちの評価はまったく変わらないまま、現代のミュージシャンをも笑い飛ばすほどの存在感がある。

セロニアスモンク、今日聞いててそうおもった。こんな人、もう出てくるはずもないってね。

ジャズとラーメン

先日、ラーメン屋に入ったら店でジャズが流れていた。どうも最近はラーメン屋に限らず、居酒屋でも普通のレストランでもジャズを流す店が多い。雰囲気としてジャズは少しリラックスしていて、それでいてクールな感じもして店には都合がいいってのもあるんだろう。ジャズを流してる店の店主がジャズファンなんてまず限らない。だって、そんなにたくさんジャズファンなんているわけないから。

だけど、子供のころ、いわゆる「食堂」でラーメンを食べてた時のBGMは演歌、うまくいっても歌謡曲って感じだった。洋楽なんてありえないし、あるとすればラジオから流れてきた洋楽ヒットパレードってくらい。おそろしく時代もかわった。

個人的な趣味でいえば、ジャズが流れている店はやはりバーがいいかな。せめて、洋食レストランのほうがしっくりする。和食や焼き鳥でジャズってのも・・・新橋に俺の焼き鳥ってのがあって、ジャズの生バンドでてるんだけどね・・・どうも焼き鳥にジャズって無理やりかなって思う。悪くはないけどね。

で、ラーメンにあう音楽ってなんだろうかって思うと、特にない。確かに、ない。でも、なんとなくだけど、ラーメンに雅楽とかクラシックなんてことにだけはなNGかなって思う。ラーメンはやっぱりカジュアルなわけで、あまり古典や芸術の世界には合わないな。だから余計に思うけれど、ラーメン屋でマイルスやビルエバンスなんかは、やっぱり勘弁してほしいなって。違うんだわ、やっぱり。

オーディオで聞くジャズとオーディオ評論家の想い出

昔、オーディオ評論家の人と仲良くしていたことがある。しばしば自前の理論ばかり聞かされてちょっと疲れることもあったけれど、家に行くと大きなJBLのスピーカーがあって楽しい時間を過ごしたのも事実。それでジャズを聴きながらよく言ってたのが、小さなスピーカーじゃ20ヘルツの音は出ないからダメなんだとかってこと。BOSEのスピーカーなんぞははなしにならんということで馬鹿にしまくってたなあ。言いたいことはよくわかる。絶対に違いはあるから。でも、音楽にしてもオーディオにしても、結局は自分が好きならそれでOKじゃないのかな・・・とはよく思った。

今は小さなスピーカーでも音は凄い音が出るし、快適なサウンドがPCで十分だせてしまう。MP3プレーヤーでもなんら楽しむには問題ない素晴らしい音質も出る。で、こいいう時代にJBLの20ヘルツが出ないとダメだとかって・・・あまり言っても仕方ないんだろう。巨大なスピーカーで部屋を占拠されて、それだけでも困ってしまうだろうし。

最近、ふと思い出したんだけれど、その評論家は真空管アンプはやっぱり素晴らしいってことで称賛してた。で、アナログレコードに関しては評価してなくて、やたらCDはこれからの時代を変えるとか何とか言ってCD大絶賛だったなあ。

アナログレコードなんて最高に味がある。その意味では真空管アンプと同じような意味合いもあるはずだけど、つまり、その評論家にしても自分が好きなことはOKってことで、他になんのポリシーもなかったんだろうと思う。

楽しい人ではあったけれど、一時から評論家として姿を消してしまって、もう今では名前も聞かなくなった。時代とともに、真空管もアナログもJBLも姿をだんだん変えて行ったり消えて行ったり・・・・その評論家も時代とともに消えたんだろう。彼はいまどうしているんだろう。

ま、名前はここには書けないけどね。

東京のジャズバー

ジャズバーやジャズ喫茶って、やっぱり相当変わってきたし、数も減ってきたように思う。長く続いているジャズ喫茶も多くが姿を消していくし、ジャズバーも残っていけるのは数少ない。

最近は六本木、赤坂、青山あたりのジャズバーやジャズ関連の店には行ってるけれど、心が落ち着く店ってやっぱり多いわけでもない。だいたい、ジャズバーにいって嫌な思いした店っていうのも、少ないわけじゃない。やっぱり変に頭が固いのも多いのがジャズ系の店だから普通に気軽な飲み会なんて使いたくもない。使えない。

それと、演奏してるミュージシャンの様相も変わったかな、と思う。でも、これはいい方に変わったかな。一昔前は、どうも「俺はミュージシャンだぜ」っていう感じのジーパンと汚いTシャツで出てくるような方々も多かった(今もいるけどね)。でも、今は店を選べばしっかり店の雰囲気にあったミュージシャンが演奏してるので、割とハズレも少ない。

少しづつ、ジャズ関連の店のレポートもしますね。


エリッククラプトンって、まだファンにるんだねえ

2016年の4月にエリッククラプトンがまたまだ来日するらしい。
で、チケットは5万枚くらい売り出したようだけど(武道館5回だから)、割と早めにソルドアウトになってるらしい。ってことは、クラプトンってまだファン結構いるんだなtって。あれだけ年取って、ギターもそんなに世界一のレベルでもないのがバレバレになってるけど、ファンがついてるんだから凄いことだな。

僕はクラプトンってあまり好きだったことがない。嫌いでもないけれど、ただ、3大ギタリストだの、ギターの神様だの、なんか不思議に誰かがコピーライトでもしたような枕詞ばかり有名で、周りのロック小僧が好んでいたのは事実。クラプトンはギターも声もさほど魅力を感じなかったんだけど、年取ってなにか人情が見えるようになってから、いい枯れ方してるなあってことで少し好きになった。ひとつだけ今も思い出す演奏があって、ジョンレノンとトロントのロックフェスに出たときのヤー・ブルースの演奏。あれは感動した記憶がある。あのころは、確かにクラプトンは誰もマネできないレベルのギター弾いてたのかもしれない。ま、ジミ・ヘンドリックスには負けちゃうけど。

ところで、クラプトンはツアーは引退したんじゃなかったっけ・・・・?



東京銀座と池袋の豹変

東京の銀座に久しぶりにいってきたけれど、歩いていると中国語だらけ。中国人は声がやたらに大きいからとにかく響く。顔つきも違うのですぐわかる。銀座はすでに中国人ストリートのような様相になっていた。ハワイのワイキキが一時日本人観光客だらけで日本人街になっていたけれど(今は減った、昔よりは)、今の銀座はまさにそんな感じ。

歩いていて正直なところ中国人に囲まれて銀座にいるのもいやになって、池袋に移動。バンドの練習で北口のスタジオに行ったら、そこは本格的な中華街となっていた。レストランは中華だらけ、売店も中国食材、街を歩く人の多くがそこで働く中国人らしい雰囲気。そら恐ろしくなった。

東京はどんどんこんな偏った国際都市になるのだろうか・・・

ジャズとかロックとか、ミュージシャンにとってプロってなんだろう・・・

セッションとかして新しい演奏者にあったり、誰かの紹介を受ける場合など、しばしば「彼はプロです」とか「私はプロです」とかの言葉を聞く。それってどういう意味なのかってよく思う。

目の前にキースジャレットだとか、そこまで偉大じゃなくても日本のジャズミュージシャンだろうと、名前でもしってれば別に申告される必要もなく、彼らは音楽で生きているわけでもちろんプロということ。キースにあなたはプロですよね?とか、あなたはプロとして生きてますから、とか間違っても聞いたり言ったりしないだろう。当たり前だし、それよりアートストにわざわざプロとかいう言葉を使うほうが凄く不自然。

結局、別に有名でもなく音楽が売れてるわけでもなく演奏者として引き手あまたでもなく演奏する音楽で人を感動させるわけでもなく・・・単に時々レストランとかバーとかで演奏して日雇いレベルのギャラもらってるような人たちほど自分をいちいちプロっていったりするし、アマチュアでやってて「プロ」って言葉を聞くだけで「彼はプロだから凄い」とか短絡的な思考の人も凄く多い。プロっていうよくわからない言葉だけで判断してたりするのは、プロっていうのにあこがれるアマチュアってことなんだろうけれど。

プロって言葉なんて、逆に変だしなんかカッコ悪く思うのは僕だけだろうか。あくまで聞く人が感動して誰からもミュージシャンとして認められれば、売れてようと売れてまいと、音楽で生活してようとしてまいと、立派な音楽家なんであって、いちいちプロだとかアマチュアだとかいってるほうが世界感が狭いって感じる。

最近、どうもプロとかプロじゃないとか言葉を聞いてて面倒になった。で、僕はどうなんだろうなあって思うと、また面倒になる。ギャラも得るけれどそれでプロだとは思わないし、でも人前に出ればアマチュアという意識ではない。つまり、どうでもいいってことなんだろう。好きな音楽を演奏してそこに心があればそれでいいってことで、プロの肩書きなんて今も将来も要らないっていうことかな。



都内スタジオで練習・ジャズスタジオ事情と靖国神社

今日は午後から都内のスタジオで練習。

時々考えるのだけれど、ジャズのピアノ弾きからするとスタジオってなかなかいいところ少ない。ピアノがいいのがないってのが実情。グランドピアノがあればそれで満足すべきだけれど、まずグランドなんて置いてあるスタジオは本当に少ない。あったとしても、当たり前だけれど、練習用の小さなグランドピアノで、コンサートグランドまではいかなくともちょっと大き目のグランドはほとんどない。その上、ピアノ自体がかなり古いもので、スタジオによっては調律がされてないか、もう調律しても音階をキープできないほど古い。鍵盤も相当動きが悪いものも多く、まあまあいいピアノだったなあ・・・っていえるスタジオはせいぜい数箇所しか出会ってない。料金多く払えば多少でもいいピアノで演奏できるのかもしれないけれど、練習も頻繁になると出費もあまりかけたくない。

ドラムやアンプ類はいいものも結構置いてあるので、やっぱりピアノってのはスタジオを経営するほうからするとあまり好ましい楽器ではないんだろう。

で、明日は市ヶ谷のスタジオで練習だけれど、ここは珍しくスタインウェイのグランドが置いてある。古さは否めないけれど、さすがに響きのいいピアノで演奏は楽しい。このスタジオは時々つかうけれど、ちょっと駅から遠いかな。時間があるときは近くの靖国神社を参拝することにしている。日本を守るために命をささげた英霊に黙祷するのは、日本人の義務のような気さえしている・・・・から。

ジャズピアノのレッスンは必要なのか・・・

僕はジャズピアノを習ったことがない。ピアノに限らず、昔弾いていたギターもベースもドラムにしても、一度もだれかから習ったということがない。それは独学ではあるけれど、いいことなのか悪いことなのかちょっとわからない。

誰かに弾き方を習ってそれからマスターしていくと一番基礎的なこともわかりやすくてマスターするには近道なのだろう。でも、僕はひねくれ者だから誰かから習うってことが昔から嫌いだった。ま、だから上達してないのかもしれない。でも、僕自身はこれでいいと思ってるから後悔もない。

ジャズに限らず、最近はロックも先生がいて教えてくれるらしい。でもなんか変な感じがする。ジャズにしてもロックにして(特にロックは)学校で教わって一律に成果を求めるものでもなく、オリジナルな発想と個性だけがジャズやロックが存在する意味なのだろう思う。だから、習うってことがどうもわからない。自分が弾きたいとおもったメロディーをどうやったらかっこよく弾けるかって模索すればいいだけのような・・・・。

前にロックのボーカル教室ってのがあって、少し見てたら、発声法とかやって歌の練習してたんだけど、あれには参ったなあ。ロックって自分の個性の押し出しなんであって、誰かにロックの方法を学んで始めるものでもないだろうと思う。それでうまくなるのかもしれないけれど、ロックが魂の叫びのような象徴であった時代は終わったんだろうなあっておもってしまった。

ジャズの昨今

学生の頃ってジャズははっきり言って暗い音楽だった。ジャズ喫茶にいけば、タバコを吸いながらジャズをひたすら黙って聞く。友達と語ろうもんなら、怒られる。まわりには、若者より中年以上のオヤジたちがたくさんいて、なんともファッション感の薄い服装で薄汚くさえある・・・そんなのが当時、その昔のジャズの雰囲気だった。

今は、ジャズはずいぶんきれいになった。ブルーノートもジャズバーもそれなりに洒落た夜を楽しめるし、なにせ女性ファンも相当増えた。

ただ、どうもジャズの熱気というかファンのジャズへの思いは昔よりあっさりして冷めてきたような気もする。今はジャズは誰でも楽しむ権利も語る権利もあるけれど、その昔はスイングジャーナルを必読していてジャズに詳しくなければジャズファンとは言えなかった。事実。そして、冷めた分、ジャズをCD(レコード)で楽しまなくなったように思う。いたるところにジャズは簡単に見つかるから、自分の愛聴盤なんてもう必要ないんだろう。

どっちの時代がジャズは健康的と言えるんだろうか。なんとも不思議な感覚になる。

ダイアナ・クラールが2016年来日で15000円・・・・

ジャズコンサート、いや恐らくガイタレのコンサートが滅法料金が高くてもう見る気もなくなってきた。よほど好きで追っかけたいミュージシャンでも来ない限り行くのも気がのらなくなった。

今年はなんたって、ポールマッカートニーがまたやってきて、武道館のチケットが10万を超えるという非常識も甚だしい状態になった。もちろん、それでも行く人はしっかりいて満員になるのだから文句は言いようもない。一方、僕もビートルズファンであったけれど、もうそこまで付き合う気はないので、噂だけきいて楽しんでることにした。

連れてくるプロモーターも採算をとらないとならないんだろうけれど、CDも売れないし、スポンサーもつかないってことで結局ファンから金を搾り取るしかないってことなんだろう。もう一度いうが、それでも行く人がいるならいい。でも、これも言いたいけれど、行く人はいてもこの料金を異常だと思わない人はいないだろう。おそらくだけれど、だんだんみんなコンサートに行くのもバカバカしくなるってね。これじゃ。

あまり知名度のないミュージシャンはもうけも必要だろうけれど、ポールあたりはもう一生食っていっても余る過ぎる金があるのに、なんで庶民からそこまで金をとるんだろう。コンサート料金くらい安く設定すべきだろうと、つくずく思う。

来年、2015年にまあまあ好きなダイアナクラールがやってきてコンサートを東京で1回だけやるみたいだけれど、その料金が普通席で15000円くらいだったと思う。はっきりいって、あほらしいから行くのやめた。最初に1万円を超えたコンサートってためらいもあったが、もうだんだん普通になってきたってことなんだろう。このレベルのアーチストでも1万円って・・・。しばらくコンサートはもういかないような気もしてきた。

体調管理しながら継続・・・かな

若いつもりでも体がガタガタって崩れ落ちるのを感じる昨今。
ちょっと健康管理をしないとまずい状況になってきたのだが、ブログはなんとか手が動けばかけるわけでぎりぎり継続だな。

ビルエバンスの演奏観てるとなんか人生の不思議を感じるなあ。
美しいものとはかないものって、なんでこんなに似てるんだろうか。
寂しくもあり、むなしくもあり、しかし美しくあり続けるってか・・。

シンプルな曲がかっこよくなってしまうマイルスデイビス

When I Fall In Love という実にシンプルに美しい曲なんだけれど、マイルスデイビスが演奏するととても重みが出てくる。マイルスというフィルターを通ると、曲が生命の力をもって蘇ってしまう。この人はやっぱりすごかったなあ。僕にとっては、マイルスとビルエバンスがジャズの開祖かな。そこから、キースジャレットやチックコリアが子供になって、孫くらいにブラッドメルドーがいるって感じだろうか。

僕がマイルスを気にしだした頃は、もうフュージョンの作品になっていたから、マイルスの60年代などレコードでしか知らないわけだ。でも今やもう2015年になってるのに、そして存在は消え去ってるのに、音楽の生命力は消えない。

こういう天才に会えたってすごいことだ。もし、トランペットのない時代だったら、もし、レコードがない時代だったら、僕は感動をひとつしらなかったということになるんだろう。

ヤロンヘルマンの美しいピアノ曲

イスラエルのピアニスト、ヤロン・ヘルマンの美しいピアノが味わえる曲です。

こういう耽美的なピアノってやっぱり夜には心落ち着いていい。
去年、この人のコンサート行って握手したけれど、手が大きかったなあ。


What a wonderful world - LOUIS ARMSTRONG

この曲、時々凄い聞きたくなる。
なんか、生きてることに疲れたり、楽しくてしかたなかったり、嬉しかったり悲しかったり・・・・どんな感情にも対応してる曲なんだな。

ルイアームストロングという強烈なキャラクターはもう生まれないんだろうなあ。こういう存在って、本当に巡り合っただけで幸運だってことなんだろう。

昨日はジョンレノンの命日だった。強烈な個性は、永遠に。

ビルエバンスのインタビュー・・・驚きの声だなあ

ビルエバンスはやたら知的なイメージがある。CDジャケットなんてみてるとスキがないっていうか、どこか近寄りがたいほど静けさと哲学的なイメージが漂う。言葉は聞いたことがなかったから、おそらく物静かに話をして、低めの声で話すようなイメージだった。インテリの雰囲気というか学者風というか・・・。

で、今やビデオで彼のインタビューが見れるのだけれど、結構驚いた。なんとも、話し方が若いお兄ちゃん風というか、ヤンキー風というか、デビッドベッカムみたいななんか、若いノリで話をしてる。これって・・・・僕の長年の想像とは全く違うではないか!

話の内容は極めて明確でわかりやすく理論的に話をするのはさすがだが、この声はなんなんだ・・・。セブンイレブンの前でタバコ吸って話してるガキのような感じすら受けるんだが、僕だけだろうか。

まったく不健康な感じもしない。気持ちもしっかりしてそうで、気弱な雰囲気もない。この人が薬と精神的なダメージから早死にするとは全く想像できない。

声や話し方で判断はできないけれど、ビルエバンスの人生はきっと波乱だったんだろう。いい時と悪いときが差が大きすぎる人生だったんだろう。断面では語れないんだろう。インタビューの映像では、とても彼の人生を総括するほどのキャラクターを感じ取ることができない。



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